いのちの講演家 岩崎順子氏

『生きているのではなく、生かされていた
~気づかせてくれたのは、ガンと向き合った日々でした~』

私は今、いのちの講演を全国でしています。きっかけは夫の死でした。iwasaki

ガンに出会ってから、揃って晩御飯を食べられることや仕事が出来ること、歩けること、眠れること、当たり前だと思っていたことが実はとても有り難いことの連続であったことに気付かせてもらうことが出来ました。

でも片方では一番近くにいる自分が代わってあげることも出来ない。何もしてあげることが出来ない。自分の無力さ、弱さを痛感する日々でした。

手術から1年7ヶ月後には、体力は落ちて、自分の力で歩くことも起き上がることができなくなりました。それでも自宅で生きることを選択したのは、子ども達に生きる姿、証しを残したいという思いからでした。

64キロ位だった体重は、30キロ台にまで落ちましたが、その身体で支えられてお風呂まで歩きました。

光を感じられなくなり昼間なのに電気をつけてくれと言うことや、子どもの顔がわからなくなること、夜中には部屋を這い回ることもありました。

「救急車を呼ぶと、自宅にはもう二度と帰ってこられなくなるだろうから、救急車を呼ばず、自分を呼んでね」と近くに住む姉が言ってくれました。姉は、私の心の救急車でした。

11月20日、自宅で生涯を終えました。

3人の子どもは小学5年生、小学2年生、5才でした。

初め、子ども達は父親に近付くことすら出来ませんでした。3人とも下を向いたまま、涙していました。昨日までは、やせていても動いていた父親。今はもう、息をしていない父親です。ようやくお布団の回りに正座すると、こらえていた涙は次第に溢れ出しました。父親に触れることもせず、何も言えずオロオロと、鼻をすすり肩を震わせていました。私は3人の子の頭を撫でながら、抱いてやることしか出来ませんでした。

しばらく時間が流れました。その時、ふとこのような想いが頭をよぎりました。このままだったら、自分達に父親が居ないことが将来傷になったらいやだな、死が暗いイメージで残ってしまう。それよりは、ガンになってから、格好悪いところもなにもかもありのままの姿を見せてくれた父親の子どもであることを誇りに思ってほしいなと。そう思うと、私は、自然に夫に掛けていた布団をゆっくりとめくり、子ども達に向かって笑顔で言いました。

「おとうさんと遊んであげる?」どうしていいのかわからない子ども達は、ただ下を向いてグスングスンと鼻をすすっていました。それでも、小学2年生の次男だけがおそるおそる、父親の手に触れました。少し触って・・・・・。

「あっ!つめたぁ!」おでこに触って「うわっ、つめたぁ~」悲しそうな声でした。ところが、パジャマをめくって、お腹に触って・・・・・驚いたような表情!

「顔は、つめたいのに、おなかだけ、あったかい。おとうさんのおなか、まだ、あったかい。うわぁ!おかあさんも、お兄ちゃんも、ふきこもさわってみて!」その様子に、二人の子ども達もそっとさわり始めました。

「うわぁ!ほんまや、つめたい!」

「でも、おなかは生きてるみたいにあったかい!」

そのおなかは、ふっくらとしていないやせ細ったおなかでした。そのおなかを3人の子ども達が「あったかい!あったかい!」と言って撫でていました。初めはそっと触っていたのに、そのうち、父親の横に寝たり最後にはおなかの上に馬乗りになったりしてワイワイ騒ぎ始めました。

「おとうさんの好きな歌、かけよう」と言ってCDをかけ始めました。子どもたちの目から溢れていた涙が少しずつ止まり始めました。表情はすっかり和らぎ、やがて笑い声まで出始めました。悲しみは、ゆっくりゆっくりと形を変えていったように思います。

元気な頃は、いつも身体を使って、子ども達を抱き上げて遊んでいた父親。でも末期で痛みが出てからは、身体を使って遊んでやることは出来なかったのです。

今、こうして自らの身体を使って子ども達を自分のおなかの上で遊ばせているようにも見えました。

「もう、おまえ達のこと、抱いてやったり、遊んでやったり、サッカーしてやったり、

何もできないけれど、最後に俺の身体の上でしっかり遊んでいけよ」そう言っているかのようでした。身体から出た魂は、その様子を上から見守っているような時間でした。

お葬式の朝、小学5年生の長男が言いました。

「おとうさん、寝たまま、なんも言わずに死んでいったけど、僕らにいっぱい

いろんなもの、残してくれたなぁ・・・・。」

死を頭で理解するのではなくて、身体に触る、その時の匂い、聞こえていた音、五感を使って死を感じさせてもらった時間のようにも思います。死を受け止める時間というとあまりにも、大きすぎます。何故なら、一人の人間が亡くなるということは、短い時間では受け止められることではないからです。

映画やドラマでは、ガンでの最期がきれいに描かれていますが、実際は、排泄のこと、医療費のこと、日々の暮しのこと、問題は色々とあり、きれい事は通用しません。心は、裸と裸のぶつかり合いです。でも、そうだからこそ、お互いが「生きるって・・いのちって・・家族って・・人間って・・」そういう事に直面させてもらえる機会をもらえるのかもしれません。

がんは、病気です。でも病気という枠を通り越して感じさせてくれてこと、そして教えてくれたことは大きかったです。誰もが健康を望みます。でも、病気になったからこそ、大切なことに向き合う時間をもらえたように思います。

生きようと思っても、生きることができない。でも、痛みが激しすぎて死にたいと思っても死ぬことができない。人間は、生きているのではない。
生かされていたのだ。

それを全身全霊で気づかせてくれたのは、ガンとの出会いでした。

生と死を超えた向う側にあるものを垣間見せてもらえた日々でした。暮しの中に、生と死がありました。どの人の人生にも意味があるということを見せてもらったような日々でした。

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プロフィール
岩崎順子(いわさき じゅんこ)
いのちの講演家
2001年まで親子のコミュニケーションスペース
を作るため「こどもふくのティンクル」経営

いのち、人権、心、子ども、親子、高齢者、生と死、グリーフケア、
認知症、災害を通しての絆、ご縁について全国で700回以上講演

夫との体験を綴った『ガンが病気じゃなくなったとき』(青海社)著者gan

『み・ち mi・chi』(オフィス・コカワ)連載中

和歌山県海南市在住

・ブログ 「大きないのちのめぐりの中で」
http://poku0216.blog.fc2.com/b018lin

「命のリレーコラム」繋いで頂いた方々

都鳥伸也氏袴田俊英和尚藤澤克己氏川浪 剛氏

浦嶋偉晃氏久保田千代美氏⇒岩崎順子氏⇒谷 正義氏江口日登美氏

岩本ひろ子氏林 静哉氏柳岡克子氏石黒大圓氏⇒島田妙子

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