「いのちに導かれて」   石黒大圓氏 

15218509_1886483284908048_1166900264_n平成元年の春、「僕、何も悪いことしてへんのに、何でこんな苦しまなあかんの」
ガン闘病中の四歳の次男は、こう苦しみの意味を問い、この世の不条理を訴えていました。

「仏様、この痛いの取ってください。僕、何か悪いことして来たんやったら、あやまりますから、許して」何度祈ったことだろうか。 医師から「覚悟してください」の声が耳の奥でずっとこだまし続けました。
私たちに今起こっていることが信じられないまま、どんどん事態は進行していきました。

平成元年八月十九日の朝、妻は次男の遺体をだいて病院を出るとき、「クーくん、やっと外に出られたね」とつぶやき、死を受け入れました。 死ななければ外へ、我が家へ帰れない宿命だったのです。

それから九年後の平成九年五月一日夕方、妻の魂は闘病で苦しんだ遺体を離れていきました。 そして晴れやかに、妻の自宅の天井の方へ昇っていく姿を私は心の中で見ていました。 「クーくん、お母さんもそっちへ行くから頼むで」 心の中で二人に手を振り続けました。

平成十一年春のある夜、近くの商店街の路上で、オヤジ狩りの連中に殴られながら、「今日、ここで俺も死ぬのか」と思っていました。 幸い、倒され財布を抜かれただけで助かりました。
しかし、左肩の打撲痛は、私をずっと苦しめ続けました。 そして半年後、その痛みがとれかけてきた時、ひらめきがきました。

「あ!ここ一時間ほど痛みがない」 涙がどっとあふれました。 半年前まで痛みがないのが当たり前のように過ごしてきました。 しかし痛みのあることがどれだけつらいことか!それが今はない、ありがたい。妻も子もこの痛み、苦しみをずっと耐えてきた。 つらかっただろう。

自分が体験してみて初めてわかる。 腕が動くこと、手足があること、失って初めてわかる、ありがたいと。 当たり前、当然のように思っていたことが、本当はあり得ないこと、恵みだとわかった。 あらゆることが全ての自分の努力の結果、得られるわけではない。  予想もしなかったことが、いつ自分の身にふりかかってくるかわからない。

自分の力だけでは避けえないことが日常茶飯事のように起こっている。 そして普段はそれからまぬがれているから気がついていない。 毎日妻や子の笑顔が見られるのが当たり前、給料も稼ぎ、食っていけるのが当然。 病気・障害・不渡り・倒産も起きていない。これは自分の努力の結果もあるだろう。 しかし人知を超えた力によって守られている。 与えられた恵みだと思ったのです。 人は大いなる恵みの中で生かされていると思ったのです。

鈴木秀子さんという方が「当たり前の恵み」ということを言っておられます。 今まで頭だけしかわかっていなかった。身体でつらい思いをして初めて知った。
小林正観さんという方が「全く心を込めなくても良いから、ありがとうという言葉を一日何百回、そして日を追うごとに何百、何千回も唱えなさい。 そうすれば、良いことが起こってくる」と言われています。 「健康・幸運・善循環がめぐって来る。 いつも天から降りそそがれている恵みに、そして人から与えられる恵みに、感謝の言葉を唱えることで、もっと幸せを与えてやろうと天は考えるからだ」と言われる。 経営不振から、ガンからもよみがえった人がいます。

たとえ災難、不幸が起きても、これは私を鍛えてくれる好機だと「ありがとう」の言葉で応じる。 「ありがとう」の言葉で、運命にほんろうされるままにならず、人生の大波を乗り切れたという人が大勢います。そして口先だけの「ありがとう」の習慣がいつか心から「ありがとうございます」の感謝に変わっていくのだそうだ。

私もこのお陰で道が開け、多くの良き人、先生方との出会いが得られました。 思わぬ災難、不幸でドン底に落ちなかったことをありがたいと思う。 そして恵まれなかった人へ、自分の幸運を分けてあげたいと思うのです。 ひょっとして天の配分によって、私が逆の立場になっていたかもしれないと考えるからです。

今、ホームレスの支援活動をさせてもらっているのは、この気持ちがあるからです。 年間路上死一〇〇人以上、救急でかつぎ込まれてから、亡くなる人も入れれば、五百人以上が一年間で死んでいる。 不況、リストラで釜崎の時に五十~六十代の高齢日雇労働者は仕事がない。 普通のサラリーマンでさえ、失業保険が切れたら時、アパートから追い出され、ホームレスになる時代です。

まして生まれた時から、不運で身体一つで日銭を稼がざるを得ない重い人生を背負った人々が真っ先に食えなくなって野宿生活になってしまう。 私も悪い運命の巡り合わせでホームレスになっていたかも知れない。 決して自業自得とは決められない事情が各人にあるのです。
路上死が妻子の姿と重なる、救ってあげたい。 私は十四年前から釜崎の炊き出しに関わり、十三年前からはカンパを募り、仲間とともに千円の安い中国製の寝袋を十四年間で一万三千個以上配りました。 何人かは酷寒時には凍死をまぬがれたかも知れません。

妻が亡くなる半年前に、中野裕弓(なかのひろみ)さんという方の講演テープを知人からもらいました。その中に「人は死んだら終わりではない。 人は前世からこの世での人生を設計して生まれてくる。 生まれる日と死ぬ日も、自分の運命も決めてくる。 つらい人生も自分の魂の進化のために、そう設計してくる。人生で起こることはすべて偶然ではなく、あらかじめ自分が決めたことが進行していく」
妻も子も自分の人生、早く死ぬことも決めてきた人だ、と希望が与えられました。 この考え方を信じた方が楽だと思い、真理かどうかは別にして、信じ込もうとしたため、次男の悔いの残った死も、妻のさしせまった死も受け入れることができました。

また飯田史彦さんというある大学の助教授が「生きがいの創造」という生きがい論の本を書かれています。その中に「障害のある人、早死にする人は苦しい人生を選んで生まれてきた進化した魂。 強い志をもった人生のチャレンジャーなのだ。 因果応報やかわいそうという見方はなく、頑張って生き抜いて、あなたはすばらしい魂の持ち主なのだからと応援してあげてほしい」と言われます。 次男もそんな立派な存在だったと誇らしく思いました。

闘病中の人、愛しい家族を亡くして悲しんでいる遺族、人生を真剣に考えたい方、その人々に「人はこの世限りのものではない。 次の世界で亡くなった人と再会できるし、決して不運なクジを引いた人生などではないのだ。 すべてに意味があるのだ。元気を出して立ち上がろう」といったことを伝えたくて「いのちの会」を一般市民対象に立ち上げました。 苦しい人生からよみがえった人、命の危機をみつめて来た方々のお話を聞き、生老病死について気づきを得て、感想を分かちあう対話集会をここ十五年間続けています。

また札幌の「よさこいソーラン祭」に習って、大阪活性化そして青少年育成をめざして「大阪メチャハピー祭」に、これも十八年前の立上げから関わらせていただきました。 踊り子兼実行委員として大阪の街が元気になるよう「踊りの出前」を商店街などに届けています。 亡くなった次男の分まで、子供たちが元気に生き生き育ってほしいという思いがあるからです。

妻が元気になれたらお世話になった方々へ「恩返し」したいと言っていました。 二人の死を原点として学んだことを人に伝え、妻に代わって社会に恩返ししたいと思います。 今、行っている活動を通じて、社会へこの身を捧げたい。 二人に後を押されるように、まるで「あやつり人形」のように動かせてもらっている日々です。

「苦難福門」という言葉があります。 苦難を経ることによって、いつか幸福への門にいたる。 私は40歳代の前後に2つの悲しい経験をしました。 しかしその苦難がなかったら今の自分はいません。
外が凍えている朝、 「あー 朝がたの0度に近い路上で誰か震えながら寝ている人がいたんだろう」と思います。 人の「いのち」への共感がいつもわいてきます。 40歳台の前後のあの経験がなかったら、こんな思いに至る人間には ならなかったでしょう。
一方で私は祖国を大切に思う人間にもなりました。
「乳求め泣く子へ走る 母の心地して」 人の「いのち」、日本の「いのち」、この2つの「いのち」のために、これからも私は走り続けます。 そのため、いつも心は沸き立ち、69歳とは思えぬ顔になっています。 人の喜び我が喜び、人の悲しみ我が悲しみ、としてこれからも人生を歩んで行きたいと思っています。

應典院「いのちと出会う会」(石黒が代表世話人兼司会)

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プロフィール
石黒株式会社 代表取締役 石黒大圓(本名、良彦)

奈良県生まれ、生後すぐに大阪へ。明星高校卒、早稲田大学入学、在学中に
1年間アメリカで働き学び旅して日本に目覚める。両親が船場で営む衣料
卸会社へ入社。妻子や両親が次々亡くなり前売り卸業部門は縮小。せんば
心斎橋筋協同組合・会計理事として組合活動に取り組む。せんば2世経営者
五月会・前会長。次男をガンで平成元年に失ない、妻もガンで平成9年に失なう。
13年前によさこいソーラン踊り祭「大阪メチャハピー祭」に出会い、息を
吹き返す。踊り子隊隊長も拝命。生と 死を考える会として「いのちと出会う会」
を立ち上げる。この会でのご縁でホームレス支援にかかわり、毎週月曜夜9時
から大阪駅前でおにぎりと古着配布の炊き出しと駅前掃除を行なう。そして毎冬、
野宿者への寝袋配布も行ない14年間で1万4千個配布。6年前に「大阪駅前炊き
出しと掃除の会」を正式に立ち上げる。私の活動やいのち、日本についての
思いを伝える「いのちの風」通信を16年前に始める。今年11月18日に
69歳になります。

大阪駅前炊き出しと掃除の会

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「命のリレーコラム」繋いで頂いた方々

都鳥伸也氏袴田俊英和尚藤澤克己氏川浪 剛氏

浦嶋偉晃氏久保田千代美氏岩崎順子氏谷 正義氏江口日登美氏

岩本ひろ子氏林 静哉氏柳岡克子氏⇒石黒大圓氏⇒島田妙子

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